大判例

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東京高等裁判所 昭和49年(う)1514号 判決

被告人 岡部外喜雄 外一名

〔抄 録〕

右の事実関係によって考えると、昭和四七年二月一〇日に原判示の旅客課事務室において吉田から宮澤に交付された二五万円は、朝日新聞社から、同社と鉄道管理局とが共催する新幹線岡山開通記念の催事の費用分担金として、右催事の実行担当者である管理局営業部旅客課に支出された四二万円の一部であることは明らかであるが、新聞社と旅客課との間に立った被告人吉田の手によって、分担金としての本来の性質を失なわしめられ、吉田から田中に供与する金員として用いられたものであるといわなければならない。吉田と田中との間において、吉田は、右二五万円を田中から広告の発注など種々の便宜をうけたことの謝礼の趣旨および将来も同様に便宜をうけたいとの趣旨で田中に供与したものであり、田中も右の趣旨を認識しながら右金員を受領した(田中が吉田から二五万円の供与をうけたことを現実に認識したのは、前記のように昭和四七年三月上旬岡部から報告をうけた際であるが、前記認定のとおり、宮澤らに受領を指示しておいたことにより、原判示の二月一〇日に宮澤を自己の手足として吉田から二五万円の供与をうけたものとみることができる。)ものであることが証拠上明らかであり、両者につき贈賄、収賄の罪がそれぞれ成立することは当然というべきである。

そこで、進んで、被告人岡部が右の贈、収賄につきどのように関与しているかについて考察する。岡部が旅客課として支払うべき飲食代金の捻出に苦慮していて、そのことを課長である田中に話し、それが原因の一になって、田中から吉田に金策の要請がなされたこと(以上の点をもって、被告人岡部が収賄の教唆をしたものとみることはできない。岡部は、田中に対し収賄行為をするように要請したわけではないからである。)、および、田中から岡部に対し、吉田に頼んでおいたから同人が金を持って来たときはそれを受領するようにとの指示がなされたことは前記認定のとおりであり、右指示をうけた際、岡部が「それはどうも」とか「有難うございました」とか言い、右の指示を了承したことも原審における被告人田中の供述から認定できるところであるが、右指示とその了承とによって、両者間に収賄の共謀が成立したとみることはいささか当を得ないものというべきである。すなわち、岡部が支払に苦慮していた飲食代金等のほとんどは、岡部が着任する前に田中課長やその他の関係者によってなされた飲食についてのものであって、田中がその支払について最も責任を負うべき立場にあり、総務課の三〇万円の件も田中が総務課長から依頼されたものであるから、田中は、岡部から依頼されたためにではなく、旅客課長としての自己自身のために吉田に金策の要請をし同人の承諾を得ていたものであり、吉田との従前からの関係からしても、自分が単独で吉田から金員を収受するつもりであったとみるのが相当である。岡部に指示することによって、岡部を自己の手足のように利用する意思はあったとしても、岡部との間に収賄の共同意思を形成し、同人と一体になって賄賂収受を実行しようとしたものであるとは容易に認め難い。また、岡部としても、田中から指示をうけた際、吉田が広告取扱業者であり広告発注のことなどで旅客課に出入りしている者であることは知っていた筈であるから、吉田から田中に対し田中の職務に対する不法な対価としての金員の交付がなされることは推知したものというべきであるが、田中と共に吉田から賄賂を収受しようとの意思を生じ、田中とその意思を共通にして同一の立場に立ったものとは決して考えられない。単に、田中の収賄行為の手伝いを求められ、その了承をしたにすぎないものとみるべきである。次に、前記の二月一〇日、二五万円の交付がなされた際、岡部が宮澤から相談をうけ金員受領に伴なう領収証作成のことを承認した点について考察すると、宮澤としては岡部の右承認があったことによって領収証と引換えに二五万円を受領することができたわけであるから、被告人岡部は、右承認によって田中の収賄を容易ならしめたということはできるが、収賄の実行行為そのものを担当したとみることはできない。岡部が、田中との共通意思のもとに右二五万円を収受したものとみるべきでないことは、前記認定のように、宮澤が右二五万円を直ちに岡部に交付することをせず、岡部もまたその交付を求めず、宮澤からその後任の宣伝係長水野に引継ぎがなされ、三月上旬になってから右水野が岡部に交付した事実によっても明らかというべきである。また、吉田においても、岡部を二五万円交付の相手方としては全く考えていなかったことが、二月一〇日の事務室内における吉田の行動自体から明らかに認められる。結局、岡部の前記承認は、田中の収賄行為の幇助にすぎないものというべきである。さらに、三月に入ってからの田中に対する報告や三〇万円交付の点についてみても、それらを収賄行為の実行とみることができないことはもとより、岡部と田中との間に共謀が存在していたことの現われであると認定することもできない。田中の収賄行為の幇助の意思の発現にすぎないとも十分に考えられるからである。

以上のように考えれば、被告人岡部が、原判示のように、田中と共謀のうえ吉田から二五万円の供与をうけたものとは、証拠上十分に認め難いところであるから、被告人岡部に関するかぎり、原判決は事実を誤認したものというべきであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点を主張する論旨は理由がある。原判決中被告人岡部に関する部分は、所論のその余の点について逐一判断するまでもなく、破棄を免れない。<中略>

三、被告人岡部に関する破棄自判

原判決のうち被告人岡部に関する部分を破棄すべきことは前記のとおりであるが、同被告人につき前記のように検討したところによれば、同被告人については収賄幇助の事実を認定すべきものと認められる。そして、右収賄幇助の事実は、岡部被告人に対する本件公訴事実中に包含されているものとみることができ、また原審における訴訟手続進行の具体的経緯にかんがみれば、当審において、訴因変更をしないで収賄幇助の事実を認定しても、被告人の防禦に著しい不利益を与えるものではないと判断されるから、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決中被告人岡部に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人岡部は、昭和四六年一〇月一日から国鉄名古屋鉄道管理局の営業部旅客課課長補佐として、旅客課長の職務を補佐していたものであるが、着任して間もなく、旅客課として支払をすべき飲食代金等の未払分が七〇万円ほどに達していることを知り、同年一二月ごろそのことを旅客課長の田中英夫に話したところ、翌四七年一月ごろ、右田中から、「吉田に金のことを頼んであるから、吉田が金を持って来たら受取っておいてくれ。」との指示をうけた。ここにおいて、被告人岡部は、田中が広告取扱業者である株式会社大広名古屋本社の営業課長吉田義郎から現金の供与をうけるものであることを知りながら、右指示を了承したうえ、同年二月一〇日ごろ、右吉田が、名古屋市中村区笹島町一丁目一八番地所在の国鉄名古屋鉄道管理局営業部旅客課事務室において、旅客課宣伝係長宮澤彰に対し、田中課長に渡してくれと言って現金二五万円を交付し、四二万円を額面とする領収証の作成交付方を求めた際、宮澤から右領収証作成の当否について相談をうけるや、右の二五万円は前記田中が吉田から、広告の発注等に関し種々便宜をうけたことの謝礼および今後も同様の便宜をうけたい趣旨で供与をうけるものであることを知りながら、「課長が承知しているのなら良いだろう」と答えて右領収証の作成を承認し、宮澤をして吉田の要求する領収証を作成交付しこれと引換えに前記二五万円を受領することを得しめ、よって、田中の右金員収受を容易ならしめてこれを幇助したものである。<中略>

弁護人らは、社会の一般通念からして、被告人岡部が本件の行為をしないことを期待することは不可能であるから、本件行為について責任が阻却され、犯罪は成立しない旨主張する。しかしながら、いかに上司である田中課長の指示をうけていたからといって、二五万円という多額の金員が賄賂として収受されることを認識しながら、事実に反する領収証の作成を容易に承認して右賄賂の収受を容易ならしめたという事案からして、被告人の行為が全く無理もない行為であったとは決して認めることができない。被告人としては、本件領収証の作成を一応留保させ、この件については田中課長に直接相談するよう宮沢に指示することもできた筈であり、そのことを被告人に期待するのも決して不可能とはいい得ない。本件については、国鉄の部内において、適法な予算上の支出をうける見込みがないのにかかわらず、庁舎外の飲食店等において職務に関連する会合を開き飲食をしたりし、その代金支払のため、架空出張で旅費を浮かせるとか関係する民間業者からの金員供与に頼るとかの方法がとられて来たことに事件発生の遠因があると考えられ、右のような慣習によって生じた数十万円の飲食代金につき、急にその処理をなすべき立場に置かれた被告人が、上司の業者からの金員収受に安易に依存しようとしたことは、ある程度無理もないこととして理解できないでもないが、これを量刑の情状として考慮することは格別、期待可能性が全くないものとして犯罪の成立を阻却すべき事由にあたるとまでは決して考えられないから、弁護人の主張は採用できない。

弁護人らは、また、本件行為の違法性は極めて軽微であり、刑罰を科するほどの実質的違法性はない旨主張する。しかし、法令により公務に従事する者とみなされ、刑法上の公務員に該当する国鉄職員が、その上司において関係業者から二五万円を賄賂として収受するのを認識しながら、事実に反する領収証の作成を承認してその賄賂収受を容易ならしめたという本件犯行の内容からして、右所為につき刑罰を科するほどの実質的な違法性が認められないとすることはできないから、右の主張も採用できない。

(上野 綿引 千葉)

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